共同店主として京都府福知山市でそば店を切り盛りしながら、性的少数者と理解者として講演活動を続けるペアがいる。当事者と理解者で続ける活動には、「全ての人を大切にしてほしい」という思いが込められている。
2人は、福知山市雲原の大江山にあるそば店「大江山鬼そば屋」の、5代目おかみの中村麻美(まみ)さん(62)と、7代目店主の佐々井飛矢文(としふみ)さん(37)。約170年の歴史がある店を共に経営する。そば打ちも接客も担当する佐々井さんは、身体は男性として生まれたが、自認する性は男女どちらとも決めがたい性的少数者。店では自分で作ったスカートを着用して働く。
佐々井さんが「麻美さん」と呼ぶ中村さんは、佐々井さんをありのまま受け入れる理解者だ。2人は昨年から一緒に講演活動を始めた。佐々井さんは「講演を聞きに来る人の多くは、受け入れる側。麻美さんと変わらない。受け入れる『理解者』が、特別な人ではないことを伝えたい」と話す。
「らしさ」押しつけないで
埼玉生まれの佐々井さんが自分の性に違和感をもったのは、中学生のころだった。大学時代には女性の恋人もできたが、「自分の中の女性が恋人に嫉妬してしまうこともあった」という。恋人のことが「大好きだけど大嫌い」になり、一緒にいるだけで涙が出ることもあった。そううつ状態になり、治療も受けるほど、心の振幅は大きくなっていった。
そんな時、佐々井さんは中村さんと出会った。14年ほど前、大学の研究で福知山市を訪れた佐々井さんが、そば店に食事に来たことがきっかけだった。男性がスカートをはく姿に、中村さんは、最初は驚いたが、違和感はなかったという。
その後、先代の店主に誘われて、佐々井さんは2015年にアルバイトとして店に入る。住まいも店の近くに移したことで、中村さんと急速に親密になった。中村さんは「佐々井さんの話し方やしぐさ、考え方にひかれた。女の人のかっこうをしてても関係ない、と思った」。
2人が講演を引き受けるのは、それぞれ周りに「男らしさ」「女らしさ」という考えのもと、生きづらい思いをした人がいたからだという。講演では、肉体の性と社会的な性(ジェンダー)との違いについて説明し、男らしさ、女らしさについて自分の体験をもとに語りかける。
8月の講演で、佐々井さんは「『男らしい』と思って、大事な女性を車に乗せる時にはドアを開ける。でも他人が、私の思う『男らしい』ことをしていないから男ではないとは思わない。皆さんも、自分の考えを押しつけないで」と語った。
中村さんは「例えば、女性が消防団活動をするとほめられるが、男性は男だから当たり前だ、とほめられないことがある。一生懸命やっているのに。当たり前だと言われた側は苦しいでしょう」と話す。
佐々井さんは、自分を自然に受け入れてくれた中村さんと出会い、受け入れられたことで心の波をコントロールできるようになったという。佐々井さんはこう話す。「性の多様性の前に個人の多様性を受け入れるのが前提。性の多様性の尊重は個人の尊重の一つに過ぎないんです」(滝川直広)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル